この世界は生きている。
-プロローグ-
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薄暗い書斎のような部屋の中を、開かれた本を片手に、ゆっくりと歩いている男の姿がある。
その男はふと何かに気付いたかのように顔を上げ、足を止め本を閉じ、
まるで“こちら”に気付いているかのように、誰かに語りかけ始める。
ヘルヘーニル(以下ヘル)「君たちは、勇者と魔王、と聞くとどういった関係を思い描く?」
突拍子もない質問。だが、男は回答など求めていない。
いや、回答など聞くまでもないといった風で、間も開けず話を続ける。
ヘル「ほとんどの者が「宿敵」や「対立関係」のように、相容れることはない存在だと答えるであろうな。
まぁ、実際そうなのだから誰にも否定はできないだろう。
過去に現れた魔王は世界を支配、もしくは破壊すべく現れ、勇者はそれを止めるため命をかけて戦う。
最終的には必ず勇者が勝ち、世界の平和は守られる。
幾度となく繰り返され、知的生物であれば誰もが知っていることだ。
たとえ、お伽話程度にしか思われていないとしても。」
手に持っていた本を棚に戻し、部屋の中央にある机に向かう。
椅子もあるが、男は当然のように机に腰をかけ、足を組みながら話を続ける。
ヘル「しかし、本当にそうだろうか?
過去に幾度となく繰り返されていたのであれば、
世界を支配する気のない魔王や、世界を救う気のない勇者がいてもおかしくはない。
むしろ、魔王であれ勇者であれ一つの生物なのだ、
己の欲望のみで生きるという選択肢も十二分にあるであろう。」
男は仰々しく腕を開き、肩をすくめる。
その姿は大袈裟にも見えるが、部屋の雰囲気も相まって中々様になっていた。
ヘル「ん?こんな話をしている私が何者かって?
そうだな、現代の魔王と勇者のことをよく知っている者、
今はその程度の認識で構わない。どうせすぐ分かることだ。」
それっぽい空気が漂いはじめ、男のテンションは少しずつ上がっていこうとしていた。
だが、突如部屋に侵入してきた存在がそれをぶち壊す。
ミュスティカァ(以下ミュス)「ヘルヘーニル?暗い中一人でなんのお話してるのー?
って、あー!机の上に座っちゃいけないんだよ!」
侵入者は雰囲気作りのためにわざと消していた明かりを全て付け、男を叱る。
ヘル「ん、あ、す、すまない…
今は大事な話をしているんだ、すぐに戻るから夕餉の用意をしておいてくれ。」
ミュス「そーなの?…うーん、分かった!
あ、そうそう!ヘルヘーニル、今日は皆がお魚いーっぱい釣ってきてくれたんだ!
焼いたり、煮たり、揚げたり、えっとえっと…お魚料理沢山できるよ!」
ヘル「あ、あぁ、魚、うん、凄いな。」
ミュス「でしょー!あっ!お魚料理パーティー!
うんうん!今日はパーティーだよ!」
ヘル「う、うむ。パーティー、楽しみだな。」
ミュス「じゃぁ準備してくるねー!あまり遅くなっちゃだめだよー?」
ぽふぽふという少し変わった足音と共に、突然の侵入者が去って行く。
すっかり勢いが削がれた男は、とぼとぼとした歩きで明かりを消し、
再度机へ向かい、今度はしっかり椅子に座る。
ヘル「…ふむ…
今のは妻だ、可愛いやつなのだが…
少し…乱されたな…」
男は大きく咳払いをし、足を組み、真剣な表情になる。
しかし、さきほどまでの“それっぽい空気”はまだ帰ってきそうにない。
ヘル「さて、話を戻すが…
世界の平和を望む魔王
世界を守る気のない勇者
つまり、魔王と呼ばれたくない魔王、勇者と呼ばれたくない勇者。
そんな存在が居てもいいのではないか?むしろ居るべきではないのか?」
男はやはり回答など求めておらず、話を続ける。
組んでいた足を解き、深く椅子に座るその姿は、
城の最奥で玉座に君臨する王の如く、どこか様になっていた。
ヘル「これから起こる物語は、まさにそんな世界の物語。
今君たちが見ている“世界”と、少しだけずれた世界の物語。
勇者は、世界を守ることを、モンスターを倒すことすらもめんどくさがり、
魔王は、世界を破壊する気も支配する気も全くない、むしろ世界の平和を望む。
しかし“世界”は、そんな勇者を、そんな魔王を認めない、望まない。そんな物語。」
そこに突然鳴り響く、何かが大量に割れる音。
そして続く、最愛の妻の悲鳴。
ミュス「にゃー!!!」
ヘル「っ!?ミュスティカァ!どうした!!」
男は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、その勢いのまま最愛の妻の元へ走り出す。
しかし、扉まで吹き飛ばさんとするその瞬間、その動きを鈍らせざるをえなかった。
ミュス「あーん!お皿が沢山割れちゃったー!」
その声に、今まさに扉を破る寸前だった腕を止め、ゆっくりと姿勢を正し、
沢山の安堵と少しの呆れ、そして無視できない脱力感を込めた溜息を吐く。
ヘル「…またか…
ミュスティカァ!すぐに行くから動くな!破片も触るなよ!」
男は妻へと続く扉をくぐり、閉める直前に振り返る。
ヘル「“君たち”は、魔王と勇者に何を望む?」
──────────プロローグFIN
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