この世界は生きている。過去編

-サイラス・オスクルズ-

こちらは映像化の際に使う感じの台本形式になります。

読むだけの小説として楽しみたい場合は小説版をご覧ください。

 

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登場人物・舞台・用語の説明

少し長いので別ページです。

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もしくは右クリックして別タブで開くと便利です。

スクロールバーをご覧になるとわかると思いますが、結構長いです。

400文字原稿用紙 1枚 1分で計算して約1時間程度あります。

 

 

※その場限りの声劇や生放送で台本として使う際に許可は必要ありません。

  録音をしてどこかに投稿する際はお問い合わせの連絡フォームへ一言お願いします。

 

・登場人物

サイラス♂

サイラ♀

イノサン♂

グノスィ♂

長老♂

司書♂(♀でも可)

おかしら♂

下っ端A♂

下っ端B♂

ヘルト♂

ナレ♂(♀でも構いませんが、筆者は♂で考えています)

 

イノサンと下っ端Aとヘルト、グノスィと下っ端B、長老と司書とおかしらは兼ね役でも問題はありません。

ただし、いずれも年齢層も性格も違うので演じ分けを意識する必要があります。

特にイノサンとグノスィと下っ端達は全く違うので、兼ね役することをおすすめしません。

〇貿易が盛んな町(真昼)

 

ナレーション(以下ナレ)「夜と同じ場所とは思えない、太陽が輝き、力強く地上を照らす昼。

そこかしこで活気が溢れだし、この国自体が生きているように感じる、そんな時間。

眩しすぎる光に比例するように深い闇が支配する、活気の届かないそんな場所に、一つの影。」

 

サイラス「俺がやる、やらなきゃいけないんだ。」

 

ナレ「それは、その影が発した声。とても強い決意が込められた、男の声。」

 

 

暗転

貿易が盛んな町(深夜)

 

ナレ「『闇夜』と表現するに相応しい、星のみが輝く、新月の夜。

全ての建物は灯を消し、建物まで眠っている、そんな時間。

高い建物の上に、星明りでかろうじて人だとわかる影が見える。」

 

サイラ「私が、頑張らなきゃ…一人…で…」

 

ナレ「それは、その影が発した声。とても強い決意と、隠しきれない寂しさが込められた、女の声。」

 

暗転

妖魔の村入口(夕方)

※時系列はこの世界は生きている。本編の5年前。

 

 

村の入り口が視界に入る。

やっと戻って来れたのを確認し、疲れをほぐすように伸びをするサイラス。

 

サイラス「んぁー!やっと村に帰ってこれた、これから何するかな…」

 

SE(走ってくる足音)

そこに、イノサンが手を振りながら走ってくる。

 

イノサン「おーい!」

 

サイラス「ん?」

 

イノサンはとても急いでいるようだが、焦っているようには見えない。

 

イノサン「サイラス!今、暇か?」

 

サイラス「ん?あぁ、別に忙しくはないが…」

 

返事を聞くとすぐ笑顔になり、近寄ってくるイノサン。

 

イノサン「よかった!実はちょっと困ったことがあってな、ちと手を貸してほしいんだ」

 

少し身構え、眉間に軽くしわを寄せるサイラス。

 

サイラス「なんか嫌な予感がする…とりあえず話せ、手を貸すかはそれからだ」

 

イノサン「そんなこと言わずにさ!説明が難しいんだ、とりあえず来てくれよ!」

 

イノサンはサイラスの手を掴み、走り出す。

 

サイラス「なんだよ、おい!引っ張るな!」

 

 

グノスィの家・居間(夕方)

 

SE(木の扉が勢いよく開く)

玄関の扉を開けるやいなや、グノスィに向かって叫ぶイノサン。

 

イノサン「おーい!連れてきたぞ!」

 

サイラス「おい!なんなんだ!」

 

SE(木の扉が閉じる)

イノサンの声を聞き、背中を向けていたグノスィが振り返る。

 

グノスィ「おー!…ってなんだ、サイラスかよ…」

 

サイラスの姿を見ると、グノスィは少し眉をひそめる。

その様子を見て、さらに眉間にしわを寄せるサイラス。

 

サイラス「わけもわからず連れてこられてこの扱いとは、喧嘩売ってるのか?」

 

イノサン「まぁまぁ、いいじゃねーかサイラスになら話してもさ」

 

グノスィに笑顔で言うイノサン。

サイラスは首をかしげる。

 

サイラス「なんだよ、そんな変な話なのか?」

 

グノスィ「んー…どう説明したらいいかな…」

 

しぶるグノスィを見て近づこうとするサイラス。

しかし、まだイノサンに手を掴まれていた。

 

サイラス「とりあえず、手を離せ気持ち悪い!」

 

サイラスは腕を振りほどこうとする。

だが、イノサンは急にもじもじしだし、手を離さない。

 

イノサン「えぇー…サイラス君と手を繋いでたいのー…」

 

ドン引きしながら睨みつけるサイラス。

 

サイラス「…殴るぞ?」

 

イノサン「あはは!すまんすまんw」

 

へらへら笑いながら手を放すイノサン。

 

グノスィ「…話していいか?」

 

二人の茶番を真顔で見ていたグノスィが切り出す。

 

サイラス「あぁ」

 

イノサン「おう!」

 

何事もなかったかのように話を聞く姿勢になるサイラスとイノサンの二人。

グノスィは一度うなずき、ポケットからこぶし大の玉を取り出してサイラスに手渡す。

 

グノスィ「とりあえず、これを見てくれ」

 

玉を受け取り、よく見るサイラス。

しかし、すぐに首をかしげる。

 

サイラス「ん?なんだこの玉…」

 

サイラスの反応がわかっていたかのような反応をするグノスィ。

 

グノスィ「まぁ、この状態じゃわからなくても仕方ないか…」

 

イノサン「それ、妖魔の闇の卵なんだぜ!

 

卵を覗き込みながら言うイノサン。

サイラスは少し目を見開き、グノスィを見る。

 

サイラス「え?妖魔の闇って卵から生まれるのか?妖魔が生まれた時から持ってるものかと」

 

あぁ、と言いながらグノスィは頷き、続ける。

 

グノスィ「妖魔の赤子と一緒に生まれ、生まれた後すぐ割れて赤子に吸収されるものなんだ」

 

手の中にある卵にもう一度目を向けるサイラス。

すぐに疑問に思い、グノスィに再び目を向ける。

 

サイラス「へぇー、初めて知った。…あれ?じゃぁなんで卵だけここにあるんだ?」

 

その質問を待ってましたとばかりに食いつくイノサン。

 

イノサン「そう、そこなんだよ!」

 

サイラスから卵をひったくるように奪うイノサン。

 

グノスィ「こうやって卵だけ残ることは調べた限り前例がない。

しかも、最近妖魔が生まれそう、ましてや生まれたなんて聞いてない…」

 

グノスィが話しながら手を出すと、イノサンはその手に卵を乗せる。

 

サイラス「その卵、どこで見つけたんだ?」

 

近くのソファに座りながら、二人に聞くサイラス。

その場にあぐらをかきながらイノサンが答える。

 

イノサン「俺の家の庭に落ちてたんだ、昨日までなかったのに。」

 

グノスィ「で、イノが俺に見せに来て、サイラスの出産に立ち会った俺はこれが妖魔の闇の卵だと知っていたわけだ」

 

サイラス「ふーん… で、卵の存在自体初めて知った俺にどうしろと?」

 

グノスィは机の上に卵を置く。

 

グノスィ「色々調べてみたんだが…卵はすぐに割れないことがたまにあるらしい」

 

イノサン「その時は、女性の妖魔の闇で包むと割れるんだって!」

 

耳を疑ってイノサンとグノスィの二人を見るサイラス。

 

サイラス「待て…つまり…」

 

グノスィ「お前、女にもなれたよな?一つ、この卵を孵化させてみないか?」

 

思わず立ち上がるサイラス。  SE(勢いよく立ち上がる音)

 

サイラス「おいおいおいおい!何を馬鹿なこと!長老かばーさまに言えばいいだろうに!」

 

体を前後に揺らすイノサン。

 

イノサン「いやー、だって気になるじゃーん?もしかしたら世紀の大発見かもしれないし!」

 

腕組みをして大げさにうなずくグノスィ。

 

グノスィ「もしかしたら入っている妖魔の闇も使役できるようになるかもしれない」

 

イノサン「もしそうなったら二人分だろ!?すっげーよな!!」

 

目を輝かせてそう言うイノサンとグノスィを見て呆れるサイラス。

 

サイラス「お前ら…俺が長老に言うとは考えないのか」

 

イノサン「サイラスなら大丈夫だろ!」

 

何一つ疑ってない笑顔を見せるイノサン。

サイラスはばつが悪そうに頭をかく。

 

サイラス「お前はなんの根拠もないことを…」

 

グノスィは腕組みを解き、前のめりになってサイラスに話しかける。

 

グノスィ「娯楽のないこの村で、久しぶりに刺激的な事件だとは思わないか?」

 

サイラス「んー…」

 

イノサン「大丈夫だって!妖魔の闇だって、普段から俺ら問題なく使ってるじゃん!」

 

屈託のない笑顔を浮かべ、イノサンは言う。

腕を組み、長考するサイラス。

しばらくして、グノスィを見る。

 

サイラス「そう…だな、とりあえず、俺も自分で一通り調べてみてからでいいか?」

 

それを聞いたグノスィは両手を広げ肩をすくめる。

 

グノスィ「まぁ、そうだろうな」

 

イノサン「はやくしろよー?」

 

わざとらしいにやつきをするイノサン。

 

サイラス「うるせぇ、どうせ俺がいないと何もできねーんだから大人しく待ってろ」

 

サイラスは仕返しとばかりに鼻で笑う。

 

イノサン「ちぇー」

 

二人の様子を見てやわらかく微笑むグノスィ。

 

グノスィ「じゃぁ明日の夜に。」

 

 

〇図書館 (日暮れ)

 

SE(古い木の扉を少しだけゆっくり開く)

扉から覗き込むように入るサイラス。

すぐに司書に見つかる。

 

司書(声)「あれ?サイラスじゃないか」

 

一瞬驚くが、すぐに笑顔になる司書。

 

司書「お前が調べものか?珍しいな」

 

緊張から、つい姿勢がよくなるサイラス。

 

サイラス「あ、こんにちは司書さん」

 

サイラスは話しながら扉を閉める。SE(古い木の扉をゆっくり閉じる)

両手を頭の後ろに回すサイラス。

 

サイラス「いやー、改めて色々考えたら、俺って妖魔のことなんも知らないことに気づいたんだよ」

 

司書「あー、まぁ改めて調べるものでもないしな、妖魔についての本はそこの棚にあるぜ」

 

小さく笑い、近くの棚を指さす司書。

サイラスは手を元に戻し、棚に向かいながら司書に質問する。

 

サイラス「ありがとう、おすすめのとかある?」

 

司書(声)「色々知りたいんだったら一番分厚いやつかな、まぁ目次あるし読みやすいほうだと思うよ」

 

サイラスは棚の上のほうににある一番分厚い本をとる。

 

サイラス「これか…うわっおもっ!」

 

予想以上の重さに本を落としそうになる。

そうなること分かっていたかのように、司書は悪戯に笑らう。

 

司書「ははは、まぁそんだけ俺らの歴史が長いってことさ、貸し出ししてやるから家でゆっくり読みな」

 

サイラスは両手で抱えるように本を持ち、司書に礼をする。

 

サイラス「ありがとう、そうさせてもらう。しかし持ち帰るのも一苦労だな…」

 

 

〇サイラスの家・ベッドの上(夜中)

※サイラは女性状態のサイラスのこと

 

風呂も飯も済ませ、寝間着の状態のサイラ。

ベッドに寝ころび、本を広げて熟読している。

 

サイラ「ふーん…」

 

SE(本をめくる音)

サイラは口に出して読み始める。

 

サイラ「『妖魔の闇の卵』

 妖魔が生まれる際、赤子と共に母体から生まれる。

 約1時間程度で割れ、中から妖魔の闇が発生し、赤子に憑りつく。」

 

首をかしげる。

 

サイラ「ん?憑りつく?妖魔の闇って幽霊か何かなの?」

 

少しページを戻し、また読み始める。

SE(本をめくる音)

 

サイラ「えーっと…『妖魔の闇』

 妖魔が生まれる際、赤子と同時に卵の姿で母体から生まれ、妖魔族に使役される謎多きもの。

 見た目が類似しているため『闇』と呼称しているが、

 一般的に使われている闇魔術や呪術による闇とは別種のもの。

 「魔術・呪術」とも全く異なる存在で、使役者の意思をそのまま具現化することが可能。

 制約は基本的になく、使用する者の力量によって闇の規模やできることが変わる。

 魔術や呪術は術者の手を離れると別の方法を使わない限り止めることも変化させることも不可能だが、

 妖魔の闇は具現化させた後も、投擲等で手元を離れてもある程度使役者の思い通りに動く。」

 

肘を立てて顎を乗せ、読み続ける。

 

サイラ「んー…ここらへんは私も知ってる…ん?注釈…  SE(本をめくる音)

 ※妖魔の闇についてはほとんど解明されておらず、妖魔の闇を使う以外の対抗策も見つけられていない。

 わかっているのは、属性魔法と違って元素を必要としていないこと。

 元素を利用した魔術で妖魔の闇に対抗しようとしても抵抗すら発生せず飲まれてしまうこと。

 物理的な現象だが、物質ではないので、熟練の使役者ならば物体をすり抜けることも可能なこと。

 そして、『使役されていない妖魔の闇には意思が存在する』ことである」

 

予想外の記述内容に、一瞬反応が遅れる。

 

サイラ「…え?」

 

 

〇暗転

〇グノスィの家・居間(日暮れ)

※サイラスは図書館で借りた本を入れたリュックを背負っている

 

 

胡坐をかいて床に座りながら妖魔の卵を両手で包み込むイノサン。

瞬間、黒い膜状のもので卵が覆われる。

しばらく経っても何も起こらない。

 

イノサン「うーん、やっぱ俺のじゃ何も起こらないかー」

 

音をたてずにイノサンの背後に立つサイラス。

卵に夢中で気付かないイノサン。

サイラスはイノサンの耳元まで顔を近づける。

 

サイラス「おい」

 

イノサン「うひゃ!」

 

文字通り飛び上がるイノサン。

驚いた拍子に卵を放り投げてしまう。

飛んだ卵を片手でキャッチするサイラス。

 

イノサン「…なんだよサイラスか…びっくりさせんなよ…」

 

サイラス「アァハイハイゴメンゴメン」

 

イノサンのほうを向かずに棒読みで謝るサイラス。

イノサンは顔を真っ赤にしながら抗議する。

 

イノサン「謝る気ねーだろ!」

 

サイラス「当たり前だろ?そんなことよりグノは?」

 

手の中の卵を見ながら雑に答えるサイラス。

下を向いて肩を落とすイノサン。

 

イノサン「当たり前… あぁ、グノなら…」

 

部屋の奥から歩いてくるグノスィ。

サイラスの姿を見て、腰に手を当て、嬉しそうな声で言う。

 

グノスィ「サイラス、来てくれたか」

 

サイラスは卵をグノスィに渡しながら答える。

 

サイラス「まぁ、集まる約束だったからな」

 

四つんばいになり、かさかさと近づいてくるイノサン。

 

イノサン「それじゃ!さっそくやっちゃう?やっちゃおうぜ!」

 

サイラスはイノサンをちらっと見る。

イノサンと視線が合うが、すぐにグノスィのほうに目を向けて話を進める。

 

サイラス「まだ俺男だし…じゃなくて、まずはちょっとこれを見てほしい」

 

背負っていたリュックをおろし、中から図書館で借りた本取り出し、机の上に置く。

グノスィはその本を覗き込む。

 

グノスィ「ん?やけにでかい荷物だと思ったらその本か、俺もそれは調べたが…」

 

サイラスはソファに座り、妖魔の闇のページの一文を指さす。

 

サイラス「グノが見逃すとは思えないが、ここを見てくれ」

 

グノスィはソファに座り、イノサンは四つんばいのまま近づき、本を覗き込む。

 

イノサン「んー?『使役されていない妖魔の闇には意思が存在する』…へー?」

 

グノスィ「確かにそこも読んだが…」

 

サイラスは本を閉じ、二人に向かって言う。

 

サイラス「もしこの卵を孵化させたら、その『使役されていない妖魔の闇』が生まれてくるんじゃねーのか?」

 

イノサンは一度グノスィの顔を見るが、すぐにサイラスのほうを向き、首をかしげる。

 

イノサン「使役しちまえばいいじゃん?」

 

呆れたように肩をすくめるサイラス。

 

サイラス「使役の仕方知ってるのか?」

 

グノスィは卵を机の上に置きながら言う。

 

グノスィ「いや…確かに、俺らは生まれもって使役はしているが、自分でやろうと思ってやったことはないな」

 

サイラス「ていうか、『使役されていない妖魔の闇』なんてお目にかかったことがまずないからな」

 

イノサン「…なんか不安になってきた…」

 

思わず正座するイノサン。

 

サイラス「やっぱ、一度長老なりに見せたほうがいいんじゃないか?」

 

正座のままサイラスのほうを勢いよく向くイノサン。

 

イノサン「いや!それはやだ!うーん、それとなく聞くだけとか!」

 

サイラスは首を横に振る。

 

サイラス「あの長老だぞ?そんな話したらなんで聞いたのかとか聞かれまくって結局全部話しちまいそうだ」

 

落ち込むイノサン。

 

イノサン「それは確かに…じーちゃんこえぇもんな…」

 

卵を机の上に置き、考え込むグノスィ。

 

グノスィ「じゃぁ、聞くのも無理か…」

 

イノサンは正座を崩し、頭を抱えて叫ぶ。

 

イノサン「あー!考えてても何も決まらねーよ!でも、俺は中身見たいぞ!」

 

片手で頭をかくサイラス。

 

サイラス「俺もまぁ見たいっちゃ見たいが…」

 

グノスィ「俺らの妖魔の闇を見せれば、仲間だと思って、襲われることはないんじゃないか?」

 

もの凄い勢いでグノスィの方に振り向くイノサン。

 

イノサン「襲ってくるのか?!」

 

グノスィは顎に手を当て、卵を見たまま答える。

 

グノスィ「憑りつくと表現されてあった、和気あいあいとできる存在ではないということだろう」

 

サイラスはソファに深く座り直し、背もたれに体を預ける。

窓を見ると、外ではもう完全に日が落ちている。

 

サイラス「そんな適当でいいのか?そろそろ俺は…」

 

言い終わる前に女体に変わるサイラス。

 

サイラ「準備整っちゃうけど…あっ」

 

イノサン「お、こんばんはーサイラ」

 

特に驚きもせず挨拶するイノサン。

 

グノスィ「やはり、何度目の前で見ても女性になるのは不思議でならんな」

 

サイラを全体的に見るグノスィ。

 

イノサン「性格やら体格、声まで変わっちまうもんなー!」

 

サイラの胸や顔をじろじろ見るイノサン。

 

サイラ「変なとこじろじろ見るなぁ!」

 

サイラは割と強めにイノサンの頬を叩く。

SE(頬を叩く音)

 

イノサン「ヘブッ! …叩くことないだろーいってーなぁ」

 

イノサンをちら見してからサイラの顔に視線をもどすグノスィ。

 

グノスィ「…まぁ、話をもどそうか、どうする?」

 

サイラは急に目をきらきらさせ、グノスィに詰め寄る。

 

サイラ「意思があるってことはもしかしたらお友達になれるかもしれないんだよね!」

 

突然近寄られ、軽く焦るグノスィ。

 

グノスィ「え?あ、あぁ…可能性がないとは言えんな、喋れるかどうかはわからんが…」

 

グノスィが言い終わる寸前にサイラは両手を胸の前で叩き、目をさらに輝かせる。

 

サイラ「じゃぁ、出しちゃおう!」

 

サイラの方を見て一瞬固まるイノサンとグノスィ。

すぐにイノサンが目を見開いてオーバーに叫ぶ。

 

イノサン「えぇ!?俺が言うのもなんだけど、そんな簡単でいいのか?!」

 

床に座っているイノサンに歩いて近づくサイラ。

しゃがみこんで緩い笑顔を見せ、イノサンの肩を叩く。

 

サイラ「イノも見たいって言ってたじゃない!いーのいーの!」

 

グノスィはソファに深く座りなおし、右腕を背もたれに乗せる。

 

グノスィ「サイラがそう言うのなら構わんが…」

 

イノサンの顔を覗き込み、ニヤつくサイラ。

 

サイラ「それともやっぱり見たくないとかー?怖くなっちゃったとかー?」

 

顔を真っ赤にしながら立ち上がるイノサン。

 

イノサン「ば、べ、別に怖くなんかねーよ!」

 

机の上にあった卵を手に取り、サイラに渡す。

 

イノサン「ほらほら、早くやろうぜ!俺たちが初めて見るんだ!」

 

グノスィは体を起こし、手を膝に乗せて両手を組む。

 

グノスィ「そう思うとさすがに緊張するな…」

 

ふと肩を落とし落ち込むサイラ。

 

サイラ「あー、こんなんだったら、母さんにカメラ借りるんだったなー」

 

首をかしげるイノサン。

 

イノサン「あぁ、あのお前のとーちゃんが持ってたっていう、風景を残せる機械だっけ?」

 

イノサンの方を向いてうなずくサイラ。

 

サイラ「そーそー、大切なものだからってあまり触らせてくれないんだけどねー」

 

グノスィ「まぁ、今はその卵が先だ、ちゃんと見て目に焼き付ければ問題ないだろう」

 

顔をグノスィの方に向け、笑顔になるサイラ。

 

サイラ「そうだね!よーし!いっきまーす!」

 

緊張した顔で卵を見つめるイノサンとグノスィ。

 

イノサン&グノスィ「ゴクリ…」  SE(つばを飲み込む音)

 

ナレ「友達が増えるかもしれない。

 ただそう考え、優しく微笑みながら、卵を手で包みこむ。

 こぶし大のそれを、大事に、母親のように暖かく、優しく。

 そして、自身の闇で包み込む。

 小さな声で、出ておいで、と囁きながら。」

 

〇暗転

 

イノサン「…ん?」

 

首をかしげるイノサン。

 

サイラ「…あれ?」

 

目を開けて卵を見つめ、首をかしげるサイラ。

座ったまま深く深呼吸をするグノスィ。

 

グノスィ「何も…起きないな…」

 

もう一度首をかしげるサイラ。

 

サイラ「すぐに出てくるものじゃないのかな…」

 

息を吐いて体をそらし、首の後ろで手を組むイノサン。

 

イノサン「なんだよー…すぐ出てくるものだと思ってドキドキしちまったよ…」

 

照れたように笑うサイラ。

 

サイラ「あはは、変な雰囲気なっちゃったねーw」

 

ソファに浅く座り直すグノスィ。

前のめりになって腕を膝の上に乗せる。

 

グノスィ「まぁ、すぐ何か起こるわけではないということはわかったが…」

 

グノスィの方を向くサイラ。

 

サイラ「でも、調べた感じでは一時間以内には出てくるんだよね?」

 

グノスィ「あぁ、そうだな…」

 

嫌そうな顔をし、肩を落とすイノサン。

 

イノサン「うっわ、今まで過ごした中で一番長い一時間が始まりそう…」

 

卵を机の上にそっと置くサイラ。

ふと、手を胸の前で合わせる。

 

サイラ「私、何か食べるもの作ってくるよ!台所借りるねー」

 

思わず顔のこわばりが解けるイノサンとグノスィ。

二人はサイラの方を向く。

 

グノスィ「お、ありがたい。食材は勝手に使っていいぞ」

 

イノサンは主張するように手を挙げる。

 

イノサン「サイラが作ったオムライス!あれ美味かったからまた食べたい!」

 

得意げな笑顔を見せるサイラ。

 

サイラ「お!シェフの腕の見せ所ですねー?行ってきまーす!」

 

台所へ小走りで向かうサイラ。

サイラの後姿を見送るイノサンとグノスィ。

SE(遠くで扉が開き、閉まる)

サイラの姿が見えなくなると、深く息を吐く。

グノスィはソファに深く座り直し、足を組んで背もたれにもたれかかる。

イノサンは胡坐をかいて床に座り、満足げな顔で話しだす。

 

イノサン「あいつ、いい嫁さんになるな」

 

イノサンの方を向き、右手を広げるグノスィ。

 

グノスィ「でも、昼間は男だぞ?」

 

イノサン「あれ?じゃぁ婿さん?んん??」

 

腕を組んで首をかしげるイノサン。

数秒、沈黙が流れる。

視線を天井に向け、つぶやくように言うグノスィ。

 

グノスィ「…考えすぎないようにしよう」

 

うなずくイノサン。

 

イノサン「…そうだな」

 

微かに一瞬だけ卵が震える。

卵の方を見るイノサン。

 

イノサン「…ん?」

 

卵はもう動いていない。

イノサンは首をかしげる。

グノスィはイノサンに視線を向ける。

 

グノスィ「どうした?」

 

腕組みを解き、卵に近づくイノサン。

 

イノサン「いや、今この卵が動いたような…」

 

足を組むのをやめ、卵を注視するグノスィ。

 

グノスィ「気のせい…だといいが、一応警戒はしておくか…」

 

膝立ちになって少し身構えるイノサン。

 

イノサン「少し離れておくか?いや、俺らの闇で囲いでも作っておくか?」

 

首を横に振るグノスィ。

 

グノスィ「下手に刺激して敵対されても困るからな…少し離れて様子をみよう」

 

イノサン「そ、そうだな」

 

ほぼ同時に立ち上がるイノサンとグノスィ。

ソファの後ろに回ろうと、一瞬だけ卵に背を向けるグノスィ。

 

ナレ「二人は正しい判断を行い、迅速に行動に移した。

 しかし、二人は、いや、三人は気付けなかった。

 なぜ「『妖魔の』闇」と呼ばれているのか、

 そして、この卵は誰ので、なぜここにあったのか。

 もし気付けていたら、三人はこれからも変わらず平和であれただろう。」

 

急に激しく動き出す卵。

 

イノサン「うお!?」

 

突然のことに、卵から一歩飛び退くイノサン。

卵の動きが一瞬止まり、割れる。

SE(固めの殻が割れる音)

イノサンの声に反応し、振り向こうとするグノスィ。

 

グノスィ「ん?」

 

卵から妖魔の闇が溢れだし、グノスィに迫る。

状況を理解できていないグノスィ。

 

イノサン「グノ、あぶねぇ!」

 

イノサンはグノスィに手を伸ばしながら叫ぶ。

 

グノスィ「なっ…」

 

完全に振り向く前に闇を目にして驚愕するグノスィ。

SE(闇が迫る音)

 

〇暗転

 

ナレ「卵は割れた。割れてしまった。

 妖魔の闇は生まれた。生まれてしまった。

 そして、二人はそこに、居てしまった。

 闇は近しいモノに憑りつく。

 闇は近しいモノにのみ使役される。

 近しくないモノが触れた場合…

 妖魔の闇は、妖魔にとって最大の闇となる。」

 

〇グノスィの家・台所

 

サイラ「ふんふーん♪」

 

オムライスにケチャップで文字を書くサイラ。

 

サイラ「よーし、できたできた!」

 

三人分の名前を書き終え、ケチャップを冷蔵庫の中に戻す。

オムライスをちゃんと机に並べ、満足気に二度うなずく。

二人を呼ぶため、居間に通じる廊下の扉を開ける。

 

サイラ「おーい!イノーグノー!オムライス出来たよー!」

 

二人を呼びながらにこにこ顔で廊下を歩く。

SE(闇が荒れ狂う音)

 

サイラ「ふぇ?!」

 

突如居間の方から異音が聞こえ、少し小走りで居間へ向かう。

 

サイラ「イノ?グノ?どうかしたの?!」

 

居間に入る寸前にイノサンとグノスィの叫び声が響く。

 

グノスィ(声)「サイラ!来るな!」

 

イノサン(声)「今すぐじーちゃん呼んできて!!」

 

どうしていいか分からずおろおろするサイラ。

 

サイラ「え、えぇっ?」

 

イノサン(声)「はやく!!!」

 

更に強く叫ぶイノサン。

サイラは動揺して頭の中が一瞬真っ白になる。

 

サイラ「お、オムライス…」

 

余裕はないがサイラを気遣う声で言うイノサンとグノスィ。

 

グノスィ(声)「後で一緒に食おう、いいから今は行くんだ!」

 

イノサン(声)「サイラのオムライス早く食べたいけど、今は早くじーちゃん呼んできて!!」

 

サイラは一度頷き、すぐに走りだす。

 

サイラ「う、うん!」

 

玄関を飛び出し、長老の家に向かう。

 

サイラ(M)「わけもわからず走る。

 ただ、感じた。

 遅れれば遅れるほど、大切な二人が危ない。

 考えれば考えるほど嫌な予感が頭を回る。

 今は考えるな、走れ、走れ、走れ!」

 

〇暗転

 

ナレ「サイラは無我夢中に足を動かす。

 二人を助けて、と、無力な自分に嘆きながら。」

 

〇長老の家

 

正座で本を読む長老。

SE(慌てて走る足音)

 

長老「…ん?」

 

足音が聞こえ、扉の方を向く長老。

SE(扉が凄い勢いで開く)

肩で息をするサイラ。

長老の姿を見つけ、走り寄る。

 

サイラ「じーちゃん!!!」

 

長老「なんじゃこんな時間に騒々しい!」

 

サイラを叱ろうとする長老。

すぐにサイラの様子がおかしいことに気づく。

 

長老「…サイラ?」

 

涙目で長老を見るサイラ。

 

サイラ「イノが…!グノが!!」

 

本を閉じ、脇に置く長老。

真剣な目をして立ち上がる。

 

長老「…すぐに行こう、グノスィの家か?」

 

サイラは頷く。

それ以上何も聞かず、グノスィの家に走る長老。

サイラもすぐにそれを追いかける。

 

サイラ「無事でいて…!」

 

〇グノスィの家・居間(夜中)

※机が中央から放射状に割れている。

 その中央に割れた卵が置いてあり、イノサンとグノスィが挟むように立っている。

 

 

苦しそうな顔をするイノサンとグノスィ。

割れた卵から、妖魔の闇が溢れ出ようとしている。

自分たちの妖魔の闇で、暴れている妖魔の闇を押さえつけている。

 

イノサン「なぁ、サイラ逃げ切れたかな…!」

 

グノスィ「大丈夫だろう、あいつなら…!」

 

卵から出ている妖魔の闇が少しずつ膨れ上がる。

 

イノサン「俺結構…っ限界なんだけど…っ」

 

グノスィ「あぁ…そうだな…くっ!」

 

イノサン「死ぬのかなぁ…っ俺たち!」

 

悔しそうな顔をするイノサン。

 

グノスィ「あぁ…っ死ぬかもなぁ!」

 

グノスィは吐き捨てるように返事をする。

SE(扉が凄い勢いで開く)

サイラと長老の二人が居間に入ってくる。

 

サイラ「二人とも!大丈夫?!」

 

居間の状況を見て目を見開く長老。

 

長老「これは…!妖魔の闇…?まさか、使役されておらぬのか!」

 

イノサン「ごめんなさーい!卵見つけて!ごめんなさーい!」

 

卵の方を見たまま叫ぶイノサン。

 

長老「まさか…卵を見つけたのか!なぜわしに知らせなんだ!」

 

少しだけ顔を長老の方へ向けるグノスィ。

 

グノスィ「好奇心のほうが勝ってしまいまして!サイラに頼んだのです!」

 

卵から出る妖魔の闇が更に膨れる。

イノサンとグノスィの腕から徐々に力が抜ける。

 

イノサン「ってか、もう…むりぃ!」

 

目をつぶるイノサン。

 

グノスィ「くぅ…っ!」

 

歯を噛み締めるグノスィ。

 

サイラ「イノ!グノ!」

 

二人に駆け寄ろうとするサイラ。

 

ナレ「瞬間、『それ』は弾ける。

 闇なのにとても見ていられないほど眩しい。

 サイラの目が見えなくなる寸前に映ったものは。

 大切な、大好きな二人が闇に飲まれる姿だった。」

 

〇暗転

〇村の病院の一室(深夜)

 

ベッドに寝ているサイラ。

長老がそれを隣で椅子に座り、心配そうに見守っている。

 

サイラ「う…っ」

 

サイラはうなされるように目を覚ます。

椅子から立ち上がる長老

 

長老「サイラ!目を覚ましたか!」

 

ぼーっとした目で長老を見るサイラ。

 

サイラ「じーちゃん?・・・あ!

 

ふと体を起こす。

 

サイラ「イノは!?グノは!?」

 

サイラの肩に手を置く長老。

 

長老「今はとりあえず落ち着くのじゃ」

 

サイラ「落ち着いてられないよ!二人は無事なの?!」

 

焦り、声が大きくなるサイラ。

長老はサイラの肩から手を下ろし、椅子に座る。

 

長老「あの闇はどこかへ行ってしまったのじゃが…二人は気を失ったままじゃ」

 

サイラ「二人はどこに?!会いに行く!」

 

顔を上げ、強い視線を向ける長老。

 

長老「駄目じゃ!二人には闇病の気が出ておる!」

 

サイラ「…闇…病?」

 

あっけにとられ、放心するサイラ。

目を伏せ、はっきり言う長老。

 

長老「まだ若いお主が近づくと確実に感染してしまう、今は落ち着くのじゃ…」

 

信じられないサイラ。

目を見開き、何度も首を少しだけ横に振る。

 

サイラ「そんな…そんな…!」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

サイラ(M)「私のせいだ…」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここから)

 

ナレ「サイラの頭に言葉が回る。」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここまで)

 

サイラ「ワタシノセイダ…」

 

小さく、かすれた声で言うサイラ。

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここから)

 

ナレ「その言葉は止まらない。」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここまで)

 

サイラ「ワタシノセイダ…ワタシノセイダ…」

 

サイラは何度も何度も呟く。

 

長老「サイラ?」

 

怪訝な顔をする長老。

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここから)

 

ナレ「サイラは、自分のしてしまったことを悟ってしまう。」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここまで)

 

サイラ「ワタシガフタリヲ…」

 

弱く、しかしはっきりと言い、顔を伏せる。

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここから)

 

ナレ「これから起こってしまうことを理解してしまう。」

 

SE(ノイズ(一瞬))

 

〇ブラックアウト(ここまで)

 

目を見開いて立ち上がり、サイラの肩を揺さぶる長老。

 

長老「いかん!しっかりするのじゃ!サイラ!!」

 

SE(ノイズ(ここから))

 

〇レッドアウト(ここから)

 

サイラ(M)「ワタシガフタリヲコロシテシマウ」

 

〇レッドアウト(ここまで)

 

SE(ノイズ(ここまで))

 

限界まで目を見開くサイラ。

手を顔に当て、握りしめるようにぐしゃぐしゃにし、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

サイラ「アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

〇暗転

〇長老の家(早朝・午前5時)

※正座で向かい合うサイラスと長老。

 サイラスの横にはとても大きな鞄が置いてある。

 

SE(鳥の鳴き声)

 

長老「イノサンとグノスィの二人は施設に搬送し、少しでも闇病の進行を遅らせるよう手配しておる」

 

サイラス「…はい」

 

力なく、だがしっかり返事をするサイラス。

悲しい目をする長老。

 

長老「大丈夫か?…というのは愚問じゃったな…」

 

目線を落とすサイラス。

 

サイラス「…大丈夫なわけないです」

 

長老「…」

 

サイラス「今でも、頭の中がぐるぐるして…あの時俺が長老にすぐに言えば、孵化なんてさせなければ…っ」

 

両手を強く握りしめるサイラス。

 

長老「…そうじゃな」

 

両手の力を抜くサイラス。

強い意志を込めた目で長老を見る。

 

サイラス「でも、今そんなこと言ってふさぎ込んでてもイノとグノは助からない」

 

サイラスの目をまっすぐ見る長老。

 

長老「…本当に行くのか?治療法が見つかるかもわからぬ、きつい旅になる」

 

ゆっくり首を横に振るサイラス。

 

サイラス「何もしなかったら、二人は確実に死んでしまう」

 

少しの間目をつぶる長老。

目を開き、力強い目でサイラスを見る。

 

長老「…わかった、こちらでも可能な限り情報を集め、何かわかったらすぐに連絡をしよう」

 

頭を下げるサイラス。

 

サイラス「ありがとうございます」

 

立ち上がり、近くに掛けてあったコートを手に取る長老。

軽くたたんでサイラスに手渡す。

 

長老「これを持っていくといい」

 

両手で受け取るサイラス。

 

サイラス「これは…コート?」

 

うなずく長老。

 

長老「これに妖魔の闇を纏わせると、光をほぼ完全に遮断することができる、日中でも女になる必要がある場合、 役に立つじゃろ」

 

コートを見るサイラス。

 

サイラス「こんなものが…」

 

サイラスに向かって、軽く握った手を出す長老。

 

長老「あとは、連絡の際に目印にするゆえ、これをつけておくのじゃ」

 

コートを片手で持つサイラス。

もう片方の手で長老から指輪を受け取る。

 

サイラス「指輪?」

 

元の位置に戻り、正座をする長老。

 

長老「わしの使役する闇で構成されておる故、そちらの位置がわかる」

 

コートを脇に置くサイラス。

指輪を右手の人差し指に付ける。

コートを改めて両手で持ち、立ち上がる。

 

サイラス「わかりました。では…そろそろ行きます。」

 

サイラスの目を見る長老。

 

長老「人里までは遠い、そしてお主を妖魔だというだけで軽蔑するものもおるじゃろう…」

 

長老の目を見て力強くうなずくサイラス。

 

サイラス「わかってます、でも、俺は二人のためならやれます」

 

目を伏せ、首を横に振る。

 

サイラス「いや、俺がやらなきゃだめなんです」

 

足を崩してあぐらをかく長老。

 

長老「頑固なところは母親似じゃな…挨拶はしたのか?」

 

コートを着ながら苦笑いで答えるサイラス。

 

サイラス「はい、「お前のせいだ、自分のけつは自分で拭け」と言われました…」

 

長老「最高の送り言葉じゃな」

 

苦笑いをする長老。

かばんを手に取り、背負うサイラス。

 

サイラス「まったくです」

 

真剣な声で言う長老。

 

長老「必ず帰ってくるのじゃぞ」

 

長老に背を向け、玄関へ歩き出すサイラス。

 

サイラス「イノとグノを助ける方法を見つけるのが先です」

 

長老「お主まで死んでしまうと二人が悲しむ」

 

玄関の扉を開けた状態で立ち止まるサイラス。

顔だけ長老の方に向ける。

 

サイラス「…行ってきます、じーちゃん」

 

SE(ゆっくり扉が閉まる)

 

長老「あぁ…行って来い、わが孫よ」

 

〇暗転

〇荒野・森を抜けてすぐ(朝・午前7時)

 

地図を広げて頭をかくサイラス。

 

サイラス「さて…まず人里に行かなきゃな…」

 

地図をたたみ、ポケットに入れて歩き出す。

 

サイラス「都合よく旅商人とかいたらいいんだけどな」

 

〇荒野・サイラスから少し離れた位置(同刻)

※どうみても賊な見た目の三人組がいる。

 おかしらと呼ばれている男は荷馬車の馬に跨っており、

 おかしらを間に挟むように二人の下っ端がいる。

 

 

下っ端Aがサイラスを見つけ、おかしらに話しかける。

 

下っ端A「お?おかしら!あんなとこに変な身なりの奴がいますぜ!」

 

下っ端Bもサイラスを見つける。

 

下っ端B「おぉおぉ、こんなところにいるってことは旅の途中かな?」

 

下っ端A「金持ってるんじゃないか?」

 

下っ端Bの方を見る下っ端A。

下っ端Bも嬉しそうにニヤニヤ笑いながら下っ端Aを見る。

 

下っ端B「おほ!見た感じヒョロヒョロだし、奪っちまいやしょうぜ!」

 

おかしら「あぁ、ちょっとお金を貸してもらおうかい」

 

ニヤリとするおかしら。

 

〇荒野・森を抜けてすぐ(同刻)

 

三人組がこちらに向かってくることに気づくサイラス。

 

サイラス「お、人がいる…けど…どうみても親切そうな見た目じゃないな…」

 

豪快な笑顔を浮かべて下っ端たちが走り寄って来る。

 

下っ端A「なぁあんた!こんなとこでどうしたんだい!道に迷ったのかい!」

 

下っ端B「ここらへんは魔獣とか結構襲ってくるから危ないよ!」

 

荷馬車を連れて少し離れたところに止まるおかしら。

 

おかしら「あぁ、少し運賃もらえれば近くの町まで運んでやるよ!」

 

引きつった笑顔で三人組を見るサイラス。

 

サイラス(M)「いい人…?すんげぇ顔がにやにやしててきもいな…」

 

おかしら「おい!お前らの顔がきもすぎるせいで警戒されてるじゃねーか!」

 

へらへらしながら言うおかしら。

 

下っ端B「えぇ!俺らのせいですかい!がはは!」

 

わざとらしく驚き、笑う下っ端B。

 

下っ端A「すみませんねぇ!生まれつきなもんで!がはは!」

 

へらへらしたまま右手を頭に当てる下っ端A。

顔をサイラスの方に向けたまま軽く腰を折る。

 

サイラス(M)「声でけぇ…」

 

笑顔が更に引きつるサイラス。

サイラスに視線を向けるおかしら。

 

おかしら「んで、どうするよ!」

 

引きつった笑顔のままおかしらに顔を向けるサイラス。

 

サイラス「あまり金を持ってないので…いくらぐらいですかね?」

 

下っ端A「いいよいいよ!ほんのちょーっと、気持ちばかりでさ!」

 

大げさに右手を横にふる下っ端A。

さり気なくサイラスの後ろに歩き出す。

 

サイラス(M)「さりげなく周りを囲んで逃げれなくしてるな…」

 

下っ端たちの動きを察知するサイラス。

しかしサイラスの表情は変わらない。

 

下っ端B「タダで送ってもらうってのも怪しすぎて警戒しちゃうかなーって!」

 

腕組みをする下っ端B。

 

サイラス(M)「やっぱり、悪い人っぽいな…懐に武器を隠してるのが動きでわかる」

 

気付かれない程度に身構えるサイラス。

足元の自分の影に妖魔の闇を溜める。

 

おかしら「そうそう、運いいよおにーさん!がはは!」

 

素知らぬ顔で笑うおかしら。

視線だけを下っ端Aに向ける。

下っ端Aもおかしらと視線を合わせる。

瞬間、懐から手斧を取り出して振りかぶる。

 

下っ端A「俺らに出会わなければなぁ!!」

 

下っ端Aが手斧を振りかぶった瞬間呟くサイラス。

 

サイラス「やっぱり悪い人たちか…」

 

下っ端Aは手斧をサイラスの背中に向かって振り下ろす。

サイラスは自分の影に沈む。

下っ端Aの攻撃は空を切る。

 

下っ端A「な、なんだぁ?」

 

何が起こったのか理解できない下っ端A。

戸惑っている下っ端Aの背後に現れるサイラス。

 

下っ端B「こいつ、いきなり消えやがったぞ!」

 

サイラスを指さす下っ端B。

 

おかしら「…地面に潜ったァ?」

 

怪訝な顔をするおかしら。

両手を腰に当て、ため息を吐きながら首を横に振るサイラス。

 

サイラス「乱暴はしたくないんだ、お金もあまりないし、見逃してくれないかな」

 

下っ端たちの態度が豹変する。

 

下っ端A「んだとぉ!?」

 

下っ端B「いいから金おいてけ!身ぐるみはがされてぇのか?!」

 

懐から手斧を取り出してサイラスにつきつける下っ端B。

右手をデコに当て、ため息をつくサイラス。

鞄を後ろに放り投げる。

 

サイラス「仕方ない…」  SE(鞄が地面に落ちる)

 

下っ端AとBが同時に正面斜めから手斧をサイラスに振り下ろす。

 

サイラスは二人の間をくぐり抜けるように避ける。

 

くぐり抜ける間に手の中で妖魔の闇を槍の形に練り上げる。

 

下っ端たちには振り向きざま槍を懐から出したかのように見える。

 

下っ端たちに穂先を突きつけるように構える。

 

更に態度が悪くなる下っ端たち。

声もそれに比例して大きくなる。

 

下っ端B「あぁ?!長物だからってビビると思ってんのかぁ!?」

 

下っ端A「調子ノッてんじゃねーぞ!?」

 

首を傾げるおかしら。

 

おかしら「こいつ、こんな大きなものどうやって隠してやがった?」

 

下っ端たちは左右に分かれ挟撃する。

片方をいなすともう片方が攻撃してくるので防御に専念するサイラス。

下っ端たちは反撃できないサイラスを見てテンションが上がる。

 

下っ端A「おらおらおらおらぁ!」

 

サイラス(M)「一撃が重く、素早い。しかも思っていたより連携が取れてる…

普通の実力者程度なら、1対2である状況もあって、やられてただろうな…」

 

下っ端B「ははは!どーしたぁ?!何もできてねーじゃねーかぁ!」

 

サイラス(M)「だが、俺は「普通」じゃない。」

 

右足を半歩ずらし、そこから妖魔の闇を瞬間的に出す。

 

その妖魔の闇で右を、自身の槍で左の手斧を止める。

 

サイラス「ふっ!」

 

瞬きするほどの一瞬。

 

次の瞬間には、槍が一本ずつ、下っ端たち一人一人の太ももに突き刺さっている。

 

サイラスはもう十分だといった顔で鞄のところまで歩く。

 

おかしら「…はぁ?」

 

おかしらは状況を理解できず変な声を出す。

 

下っ端A「…ぇ」

 

下っ端B「…な」

 

自分たちの太ももに刺さる槍を見る下っ端たち。

 

サイラス「悪く思わないでくださいね、先に襲ってきたのはあなたたちなので。」

 

サイラスは鞄を背負いながら言う。

 

下っ端A「ぎゃああああああああ!?!?!?」

 

下っ端B「あがああああああああ!!!!!!」

 

状況を理解して叫び、転げまわる下っ端たち。

地図を広げて歩き出そうとするサイラス。

 

おかしら「おい!待て!」

 

怪訝な顔をしておかしらを見るサイラス。

 

サイラス「まだ何か?」

 

目を細めるおかしら。

 

おかしら「…何をしたんだ?」

 

サイラスは一瞬真顔になるが、すぐ含みのある笑顔を浮かべる。

 

サイラス「…秘密です」

 

歩き出すサイラス。

思い出したかのようにおかしらの方に振り向く

 

サイラス「あ、俺からも一つ質問いいですか?」

 

肩をすくめて両手を広げるおかしら。

 

おかしら「いいぜ、襲った賠償になるかはわからねーけどな」

 

素直な笑顔を見せ、質問をするサイラス。

 

サイラス「ここから一番近い町って、どっちに行けばありますか?」

 

〇暗転

〇貿易が盛んな町(深夜)

 

ナレ「それからしばらくの時が経ち、とある新月の夜。

 強く風が吹く高い建物の上に、膝を抱え込むように座り込む影が一つ。」

 

サイラ「はぁ…」

 

ナレ「努力はすぐには実らない。

 全ての努力が実を結ぶわけではない。

 努力は経過ではなく、結果が伴わなければ無意味。

 誰しもが考え、一度は通る道で、耳にする言葉。

 そしてそれは、今サイラスが、サイラが、もっとも考えたくない。

 聞きたくもない、目の前にあってほしくない現実だった。」

 

膝に額を当てるサイラ。

 

サイラ「最近、じーちゃんからの連絡がない…こちらから連絡する手段がないのがなぁ…」

 

膝を伸ばして両手で上半身を支え、顔を上げる。

 

サイラ「女の姿って楽だけど、声をかけられるのがめんどくさいし…あぁ、最近愚痴が増えてきたような…」

 

ナレ「世界中を走り回った。色んな人に聞きまわった。

 危険な目にあったのは一度や二度ではない。

 女性としての武器を使ったことも…

 少しでも可能性があれば、嘘だとわかっていても、ただの噂だとわかっていても飛び込んだ。

 しかし、ことごとく全て外れ、手がかりもほとんどなく、旅の仲間もいない。」

 

目をつぶる。

 

サイラ(M)「イノ…グノ…

 二人は無事だろうか…

 早く…、早く治療法を見つけないと…」

 

ナレ「限界だった。本人が思うよりも、ずっとずっと」

 

サイラ「もう…だめなの…かなぁ…」

 

膝を抱え込み、泣き声になる。

 

ナレ「涙が溢れ、諦めが努力を包み込み、押しつぶしてしまおうとした瞬間」

 

建物から出てくるヘルト。

 

ヘルト「ふわぁ~…」

 

大きなあくびとともに伸びをする。

 

ナレ「そこに、居る。居てしまう」

 

ヘルトの方に顔を向けるサイラ。

 

サイラ(M)「そういえば…人の命を他人に移す禁呪があるって…」

 

ナレ「どんな形でも、現れてしまう」

 

ヘルト「なんで今日はこんなに眠いのに寝付けないかね…だるぅ…」

 

猫背で両手をぶらぶらさせながらだらだら歩くヘルト。

 

サイラ(M)「あんな気だるい生き方してる人…居なくなっても…」

 

サイラはゆっくりと立ち上がる。

 

ナレ「たとえ本人たちが望まなかったとしても」

 

一度伸びをし、右手で頭をかくヘルト。

 

ヘルト「つっても外に出たってこの町は屋台とかないからなぁ…」

 

出てきた建物に戻ろうとする。

 

ヘルト「帰ろ…」

 

ナレ「一筋の光として、差し込んでくる」

 

サイラ「二人のためなんだ…ごめんね」

 

ヘルトの真後ろに降り立つサイラ。

振り向こうとするヘルト。

 

ヘルト「んぁ?」

 

ナレ「勇者ってやつは」

 

 

この世界は生きている。過去編-サイラス・オスクルズ-FIN

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