この世界は生きている。過去編
-サイラス・オスクルズ-
夜と同じ場所とは思えない、太陽が輝き、力強く地上を照らす昼。
そこかしこで活気が溢れだし、この国自体が生きているように感じる、そんな時間。
眩しすぎる光に比例するように深い闇が支配する、活気の届かないそんな場所に、一つの影。
サイラス「俺がやる、やらなきゃいけないんだ。」
それは、その人影が発した声。
とても強い決意が込められた、男の声。
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「闇夜」と表現するに相応しい、星のみが輝く、新月の夜。
全ての建物は灯を消し、建物まで眠っている、そんな時間。
高い建物の上に、星明りでかろうじて人だとわかる影が見える。
サイラ「私が、頑張らなきゃ…一人…で…」
それは、その人影が発した声。
とても強い決意と、隠しきれない寂しさが込められた、女の声。
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サイラス「んぁー!やっと村に帰ってこれた、これから何するかな…」
イノサン「おーい!」
サイラス「ん?」
イノサン「サイラス!今、暇か?」
サイラス「ん?あぁ、別に忙しくはないが…」
イノサン「よかった!実はちょっと困ったことがあってな、ちと手を貸してほしいんだ」
サイラス「なんか嫌な予感がする…とりあえず話せ、手を貸すかはそれからだ」
イノサン「そんなこと言わずにさ!説明が難しいんだ、とりあえず来てくれよ!」
サイラス「なんだよ、おい!引っ張るな!」
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イノサン「おーい!連れてきたぞ!」
サイラス「おい!なんなんだ!」
グノスィ「おー!…ってなんだ、サイラスかよ…」
サイラス「わけもわからず連れてこられてこの扱いとは、喧嘩売ってるのか?」
イノサン「まぁまぁ、いいじゃねーかこいつになら事情話してもさ」
サイラス「なんだよ、そんな話しづらいことなのか?」
グノスィ「んー…どう説明したらいいかな…」
サイラス「とりあえず、手を離せ気持ち悪い!」
イノサン「おぉ!すまんすまんw」
グノスィ「…話していいか?」
サイラス「あぁ」
イノサン「おう!」
グノスィ「とりあえず、これを見てくれ」
サイラス「ん?なんだこの玉…」
グノスィ「まぁ、この状態じゃわからなくても仕方ないか…」
イノサン「これ、妖魔の闇の卵なんだ」
サイラス「え?妖魔の闇って卵から生まれるのか?妖魔が生まれたら持ってるものかと」
イノサン「妖魔が生まれる際に赤子と一緒に生まれて、生まれたらすぐに割れて赤子に吸収されるものなんだ」
サイラス「へぇー、初めて知った
…あれ?じゃぁなんで卵だけここにあるんだ?」
イノサン「そう、そこなんだよ!」
グノスィ「こうやって卵だけ残ることは調べた限り今までなかった。
しかも、最近妖魔が生まれそう、ましてや生まれたなんて聞いてない…」
サイラス「この卵、どこで見つけたんだ?」
イノサン「俺の家の庭に落ちてたんだ、昨日はなかったのに。」
グノスィ「んで、こいつが俺に見せに来て、サイラスの出産に立ち会った俺はこれが妖魔の闇の卵だと知っていたわけだ」
サイラス「ふーん… で、卵の存在自体初めて知った俺にどうしろと?」
グノスィ「色々調べてみたんだが…卵はすぐに割れないことがたまにあるらしい」
イノサン「その時は、女性の妖魔の闇で包むと割れるんだって!」
サイラス「待て…つまり…」
グノスィ「お前、女にもなれたよな?一つ、この卵を孵化させてみないか?」
サイラス「おいおいおいおい!何を馬鹿なこと!長老かばーさまに言えばいいだろうに!」
イノサン「いやー、気になるじゃん?もしかしたら世紀の大発見!とか!」
グノスィ「もしかしたら入っている妖魔の闇も使役できるようになるかもしれない」
イノサン「もしそうなったら二人分だろ!?すっげーよな!!」
サイラス「お前ら…俺が長老に言うとは考えないのか」
イノサン「サイラスなら大丈夫だろ!」
サイラス「お前は根拠のないことばっかだな…」
グノスィ「娯楽のないこの村で、久しぶりに刺激的な事件だとは思わないか?」
サイラス「んー…」
イノサン「大丈夫だって!妖魔の闇だって、普段から俺ら問題なく使ってるじゃん!」
サイラス「そう…だな、とりあえず、俺も自分で一通り調べてみてからでいいか?」
グノスィ「まぁ、そうだな」
イノサン「はやくしろよー?」
サイラス「うるせぇ、どうせ俺がいないと何もできねーんだから大人しく待ってろ」
イノサン「ちぇー」
グノスィ「じゃぁ明日の夜に。」
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司書♂「あれ?サイラスじゃないか、お前が調べものか?珍しいな」
サイラス「こんにちは司書さん、いやー、改めて色々考えたら、俺って妖魔のことなんも知らないことに気づいたんだよ」
司書「あー、まぁ改めて調べるものでもないしな、妖魔についての本はそこの棚にあるぜ」
サイラス「ありがとう、おすすめのとかある?」
司書「色々知りたいんだったら一番分厚いそれかな、まぁ目次あるし読みやすいほうだと思う」
サイラス「これか…うわっおもっ!」
司書「ははは、まぁそんだけ妖魔の歴史が長いってことさ、貸し出ししてやるから家でゆっくり読みな」
サイラス「そうさせてもらうよ、しかし持ち帰るのも一苦労だな…」
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サイラ「ふーん…」
サイラ「『妖魔の闇の卵』
妖魔が生まれる際、赤子と共に母体から生まれる。
約1時間程度で割れ、中から妖魔の闇が発生し、赤子に憑りつく。」
サイラ「ん?憑りつく?妖魔の闇って幽霊か何かなの?」
サイラ「えーっと…『妖魔の闇』
妖魔が生まれる際、赤子と同時に卵の姿で母体から生まれ、妖魔族に使役される謎多きもの。
見た目が類似しているため『闇』と呼称しているが、
一般的に人間や魔族が使っている闇魔術や呪術による闇とは別種のもの。
「魔術・呪術」とは全く異なる存在で、使役者の意思をそのまま具現化することが可能。
制約は基本的になく、使用する者の力量によって闇の規模やできることが変わる。
魔術や呪術は術者の手を離れると別の魔術を使わない限り止めることも変化させることも不可能だが、
妖魔の闇は具現化させた後も、投擲等で手元を離れてもある程度使役者の思い通りに動く。」
サイラ「んー…ここらへんは私も知ってる…ん?注釈…
※妖魔の闇についてはほとんど解明されておらず、妖魔の闇を使う以外の対抗策も見つけられていない。
わかっているのは、属性魔術と違って元素を必要としていないこと。
元素を利用した魔術で妖魔の闇に対抗しようとしても抵抗すら発生せず飲まれてしまうこと。
物理的な現象だが、物質ではないので、熟練の使役者ならば物体をすり抜けることも可能なこと。
そして、『使役されていない妖魔の闇には意思が存在する』ことである」
サイラ「…え?」
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イノサン「うーん、やっぱ俺ので包んでも何も起こらないかー」
サイラス「おい」
イノサン「うひゃ!…なんだよサイラスか…びっくりさせんなよ…」
サイラス「アァハイハイゴメンゴメン」
イノサン「謝る気ねーだろ!」
サイラス「当たり前だろ?そんなことよりグノは?」
イノサン「当たり前… あぁ、あいつなら…」
グノスィ「サイラス、来たのか」
サイラス「まぁ、集まる約束だったからな」
グノスィ「んじゃ、さっそく始めるか?」
イノサン「お!やっちゃう?やっちゃおうぜ!」
サイラス「まだ俺男だし…じゃなくて、まずはちょっとこれを見てほしい」
グノスィ「ん?荷物がやけにでかいと思ったらその辞典か、俺もそれは調べたが…」
サイラス「グノが見逃すとは思えないが、ここを見てくれ」
イノサン「んー?『使役されていない妖魔の闇には意思が存在する』…へー?」
グノスィ「これは確かに読んだが…」
サイラス「もしこの卵を孵化させたら、その『使役されていない妖魔の闇』が生まれてくるんじゃねーのか?」
イノサン「使役しちまえばいいじゃん?」
サイラス「使役の仕方知ってるのか?」
グノスィ「いや…確かに、俺らは生まれもって使役はしているが、自分でやろうと思ってやったことはないな」
サイラス「ていうか、『使役されていない妖魔の闇』なんてお目にかかったことがまずないからな」
イノサン「…なんか不安になってきた…」
サイラス「やっぱ、一度長老なりに見せたほうがいいんじゃないか?」
イノサン「いや!それはやだ!
うーん、それとなく聞くだけとか!」
サイラス「あの長老にそんな話したらなんで聞いたのかとか聞かれまくって結局全部話しちまいそうだ」
イノサン「それは確かに…じーちゃんこえぇもんな…」
グノスィ「じゃぁ、聞くのも無理か…」
イノサン「あー!考えてても何も決まらねーよ!でも、俺は中身見たいぞ!」
サイラス「俺もまぁ見たいっちゃ見たいが…」
グノスィ「なら、出すだけ出して、俺らの妖魔の闇を見せれば、仲間だと思って襲ってくることはないだろう」
イノサン「襲ってくるのか?!」
グノスィ「憑りつくと表現されてあった、和気あいあいとできる存在ではないということだろう」
サイラス「いいのか?そろそろ俺は…」
サイラ「準備整っちゃうけど…あっ」
イノサン「お、こんばんはーサイラ」
グノスィ「やはり、何度目の前で見ても女性になるのは不思議でならんな」
イノサン「性格やら体格、声まで変わっちまうもんなー!」
サイラ「あんまりじろじろ見るなぁ!」
イノサン「ヘブッ
…殴ることないだろーいってーなぁ」
グノスィ「…まぁ、話をもどそうか、どうする?」
サイラ「でも、意思があるならもしかしたらお友達になれるかもしれないんだよね!」
グノスィ「え?あ、あぁ…可能性がないとは言えんな、喋れるかどうかはわからんが…」
サイラ「じゃぁ、出しちゃおう!」
イノサン「えぇ!?俺が言うのもなんだけど、そんな簡単でいいのか?!」
サイラ「君も見たいって言ってたじゃない!いーのいーの!」
グノスィ「サイラがそう言うのなら構わんが…」
サイラ「ほら!それともやっぱり見たくないとかー?怖くなっちゃったとかー?」
イノサン「ば、べ、別に怖くなんかねーよ!ほらほら、早くやっちまおうぜ!俺たちが初めてまじまじと見るんだ!」
グノスィ「そう思うとさすがに緊張してきたな…」
サイラ「あー、こんなんだったら、母さんにカメラ借りるんだったなー」
イノサン「あぁ、あのお前のとーちゃんが持ってたっていう、映像を残せる機械だっけ?」
サイラ「そーそー、大切なものだからってあまり触らせてくれないんだけどねー」
グノスィ「まぁ、今はこの卵が先だ、ちゃんと見て目に焼き付ければ問題ないだろう」
サイラ「そうだね!よーし!いっきまーす!」
イノサン&グノスィ「ゴクリ…」
友達が増えるかもしれない。
ただそう考え、満面の笑みを浮かべ、手で卵を包みこむ。
こぶし大のそれを、大事そうに、母親のように暖かく、優しく。
そして、自身の闇で包み込む。
小さな声で、出ておいで、と囁きながら。
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イノサン「…?」
サイラ「…あれ?」
グノスィ「何も…起きないな…」
サイラ「すぐに出てくるものじゃないのかな…」
イノサン「なんだよー…すぐ出てくるものだと思ってドキドキしちまったよ…」
サイラ「あはは、変な雰囲気なっちゃったねーw」
グノスィ「まぁ、すぐ何か起こるわけではないということはわかったが…」
サイラ「でも、調べた感じでは一時間以内には何か起こるんだよね?」
グノスィ「そうだな…」
イノサン「うっわ、今まで過ごした中で一番長い一時間が始まりそう…」
サイラ「私、何か食べるもの作ってくるよー、台所借りるねー」
イノサン「お!やったね!食料勝手に使っていいから!」
グノスィ「サイラが作ったオムライス、あれ美味かったからまた食べたいな」
サイラ「お!シェフの腕の見せ所ですねー?行ってきまーす!」
イノサン「あいつ、いい嫁さんになるな」
グノスィ「でも、昼間は男だぞ?」
イノサン「あれ?じゃぁ婿さん?んん??」
グノスィ「…考えすぎないようにしよう」
イノサン「…そうだな …ん?」
グノスィ「どうした?」
イノサン「いや、今この卵が動いたような…」
グノスィ「気のせい…だといいが、一応警戒はしておくか…」
イノサン「少し離れておくか?いや、俺らの闇で囲いでも作っておくか?」
グノスィ「下手に刺激して敵対されても困るからな…少し離れて様子をみよう」
イノサン「そ、そうだな」
二人は正しい判断を行い、迅速に行動に移した。
しかし、二人は、いや、三人は気付けなかった。
なぜ「『妖魔の』闇」と呼ばれているのか、
そして、この卵は誰ので、なぜここにあったのか。
もし気付けていたら、この村はこれからも変わらず平和であれただろう。
グノスィ「よし、そうと決まれば…」
イノサン「!? グノ、あぶねぇ!」
グノスィ「なっ…」
卵は割れた。割れてしまった。
妖魔の闇は生まれた。生まれてしまった。
そして二人はそこに居た。居てしまった。
闇は近しいものに憑りつく。
闇は近しいものにのみ使役される。
近しくないものが触れた場合…
妖魔の闇は、妖魔にとって、闇となる。
サイラ「ふんふーん♪よーし、できたできた!おーい!二人ともー出来たよー!」
グノスィ「サイラ!来るな!」
サイラ「ふぇ?!」
イノサン「すぐに戻って長老とばーさまに知らせるんだ!」
サイラ「え、えぇっ?」
イノサン「はやく!!!」
サイラ「お、オムライス…」
グノスィ「後で一緒に食おう、いいから今は行くんだ!」
イノサン「サイラのオムライス早く食べたいけど、今は早く長老呼んできて!!」
サイラ「う、うん!」
わけもわからず走る。
ただ、感じた。
遅れれば遅れるほど、大切な二人が危ない。
考えれば考えるほど嫌な予感が頭を回る。
今は考えるな、走れ、走れ、走れ…
無我夢中に足を動かす。
二人を助けて、と、無力な自分に嘆きながら。
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サイラ「じーちゃん!!!」
長老「お?なんじゃ騒々しい…サイラ?」
サイラ「イノが…!グノが!!」
長老「…すぐに行こう」
サイラ「無事でいて…!」
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イノサン「なぁ、サイラ逃げ切れたかな…!」
グノスィ「大丈夫だろう、あいつなら…!」
イノサン「俺結構…っ限界なんだけど…っ」
グノスィ「あぁ…そうだな…くっ!」
イノサン「死ぬのかなぁ…っ俺たち!」
グノスィ「あぁ…っ死ぬかもなぁ!」
サイラ「二人とも!大丈夫?!」
長老「これは…!妖魔の闇…?まさか、使役されておらぬのか!」
イノサン「ごめんなさーい!卵見つけて!ごめんなさーい!」
長老「まさか…見つけたのか!なぜわしに知らせなんだ!」
グノスィ「好奇心のほうが勝ってしまいまして!サイラに頼んだのです!」
イノサン「ってか、もう…むりぃ!」
グノスィ「くぅ…っ!」
サイラ「二人とも!」
瞬間、『それ』は弾ける。
闇なのにとても見ていられないほど眩しい。
見えなくなる寸前に映ったものは。
大切な、大好きな二人が闇に飲まれる姿だった。
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サイラ「う…っ」
長老「サイラ!目を覚ますのじゃ!サイラ!」
サイラ「じーちゃん? あ! イノは!?グノは!?」
長老「まだわからん、とりあえず落ち着くのじゃ」
サイラ「落ち着いてられないよ!二人は無事なの?!」
長老「あの闇はどこかへ行ってしまったのじゃが…二人は気を失ったままじゃ」
サイラ「二人に合わせてください!」
長老「駄目じゃ!二人には闇病の気が出ておる!」
サイラ「闇病?!」
長老「まだ若いお主が近づくと確実に感染してしまう、今は落ち着くのじゃ…」
サイラ「そんな…そんな…!」
私のせいだ…
サイラの頭に言葉が回る。
ワタシノセイダ…
その言葉は止まらない。
サイラ「ワタシノセイダ…ワタシノセイダ…」
長老「サイラ?」
自分のしてしまったことを悟ってしまう。
サイラ「ワタシガフタリヲ…」
これから起こってしまうことを理解してしまう。
長老「…!サイラ!」
ワタシガフタリヲコロシテシマウ
長老「いかん!しっかりするのじゃ!サイラ!!」
サイラ「アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
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長老「イノサンとグノスィの二人は施設に搬送し、少しでも闇病の進行を遅らせるよう手配しておる」
サイラス「…はい」
長老「大丈夫か?…というのは愚問じゃったな…」
サイラス「…大丈夫なわけないです」
長老「…」
サイラス「今でも、頭の中がぐるぐるして…
あの時俺が長老にすぐに言えば、孵化なんてさせなかったら…って」
長老「…そうじゃな」
サイラス「でも、今そんなこと言ってふさぎ込んでても二人は助からない」
長老「…本当に行くのか?治療法が見つかるかもわからぬ、きつい旅になる」
サイラス「何もしなかったら、二人は…死んでしまう」
長老「…わかった、こちらでも可能な限り情報を集め、何かわかったらすぐに連絡をしよう」
サイラス「ありがとうございます」
長老「これを持っていくといい」
サイラス「コート?」
長老「これに妖魔の闇を纏わせると、光をほぼ完全に遮断することができる。
日中でも女になる必要がある場合、役に立つじゃろ」
サイラス「そんなものが…」
長老「あとは、連絡の際に目印にするゆえ、これをつけておくのじゃ」
サイラス「指輪?」
長老「わしの使役する闇で構成されているものじゃ」
サイラス「わかりました。では…そろそろ行きます。」
長老「人里までは遠い、そしてお主を妖魔だというだけで軽蔑するものもおるじゃろう…」
サイラス「わかってます、でも、俺は二人のためならやれます、いや、俺がやらなきゃだめなんです」
長老「頑固なところは母親似じゃな…挨拶はしたのか?」
サイラス「はい、「お前のせいだ、自分のけつは自分で拭け」と言われました…」
長老「最高の送り言葉じゃな」
サイラス「まったくです」
長老「必ず帰ってくるのじゃぞ」
サイラス「二人を助ける方法を見つけるのが先です」
長老「お主まで死んでしまうと二人が悲しむ」
サイラス「…行ってきます、じーちゃん」
長老「あぁ…行って来い、わが孫よ」
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サイラス「さて…まず人里に行かなきゃな…
都合よく旅商人とかが歩いていたらいいんだけど」
下っ端A「お?おかしら!あんなとこに変な身なりの男がいますぜ!」
下っ端B「おぉおぉ、こんなところにいるってことは旅の途中かな?」
下っ端A「金持ってるんじゃないか?」
下っ端B「おほ!見た感じヒョロヒョロだし、奪っちまいやしょうぜ!」
おかしら「あぁ、ちょっとお金を貸してもらおうかい」
サイラス「お、人がいる…けど…どうみても親切そうな見た目じゃないな…」
下っ端A「おにーさん!こんなとこでどうしたんだい!道に迷ったのかい!」
下っ端B「ここらへんは魔獣とか結構襲ってくるから危ないよ!」
おかしら「あぁ、少し運賃もらえれば近くの町まで運んでやるよ!」
サイラス「(いい人…?すんげぇ顔がにやにやしててきもいな…)」
おかしら「おい!お前らの顔がきもすぎるせいで警戒されてるじゃねーか!」
下っ端B「えぇ!俺らのせいですかい!がはは!」
下っ端A「すみませんねぇ!生まれつきなもんで!がはは!」
サイラス「声でけぇ…」
おかしら「んで、どうする!」
サイラス「あまり金を持ってないので…いくらぐらいですかね?」
下っ端A「いいよいいよ!ほんのちょーっと、気持ちばかりでさ!」
サイラス「(さりげなく周りを囲んで逃げれなくしてるな…)」
下っ端B「タダで送ってもらうってのも怪しすぎて警戒しちゃうかなーって!」
サイラス「(やっぱり、悪い人っぽいな…懐に武器を隠してるのが動きでわかる)」
おかしら「そうそう、運いいよおにーさん!がはは!」
下っ端A&B「「俺らに出会わなければなぁ!!」」
サイラス「!」
下っ端たちは懐から手斧を取り出し、サイラスに向かって振るう。
しかし、ほぼ真後ろ、死角から放たれたはずの攻撃は空を切る。
何が起こったのか理解できずに戸惑った下っ端たちの背後に現れるサイラス。
サイラス「やっぱり悪い人たちだったか…」
下っ端A「な、なんだぁ?」
下っ端B「こいつ、いきなり消えやがったぞ!」
おかしら「…地面に潜ったァ?」
サイラス「乱暴はしたくないんだ、お金もあまりないし、見逃してくれないかな」
下っ端A「んだとぉ!?」
下っ端B「いいから金おいてけ!身ぐるみはがされてぇのか?!」
サイラス「仕方ない…」
再び放たれる下っ端たちの攻撃。
しかし今度は正面から。当たる理由などかけらもない。
サイラスは二人の間をくぐり抜けるように避け、妖魔の闇で作った槍を懐から出したかのように見せ、構える。
おかしら「こいつ、こんな大きなものどうやって隠してやがった?」
下っ端B「あぁ?!長物だからってビビると思ってんのかぁ!?」
下っ端A「調子ノッてんじゃねーぞ!?」
二手に分かれ挟撃してくる下っ端たち。
一撃が重く、素早い。しかも、思っていたよりも連携が取れている。
普通の実力者程度なら、1対2である状況もあり、やられてしまっていたであろう。
下っ端A「おらおらおらおらぁ!」
下っ端B「ははは!どーしたぁ?!何もできてねーじゃねーかぁ!」
しかし、サイラスは「普通」ではない。
サイラス「っ!」
次の瞬間には、槍が一本ずつ、下っ端たち一人一人の太ももに突き刺さっていた。
おかしら「…はぁ?」
下っ端A「…ぇ」
下っ端B「…な」
サイラス「悪く思わないでくださいね、先に襲ってきたのはあなたたちなので。」
下っ端A「ぎゃああああああああ!?!?!?」
下っ端B「あがああああああああ!!!!!!」
おかしら「おい!待て!」
サイラス「まだ何か?」
おかしら「…何をしたんだ?」
サイラス「…秘密です。 あ、俺からも一つ質問いいですか?」
おかしら「いいぜ、襲った賠償になるかはわからねーけどな」
リーダー格であろうそいつに、笑顔を見せ、質問をする。
サイラス「ここから一番近い人里ってどっちに行けばありますか?」
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それからしばらくの時が経ち、とある新月の夜。
強く風が吹く高い建物の上に、座り込む影が一つ。
サイラ「はぁ…」
努力はすぐには実らない。
全ての努力が実を結ぶわけではない。
努力は経過ではなく、結果が伴わなければ無意味。
誰しもが考え、一度は通る道で、耳にする言葉。
そしてそれは、今サイラスが、サイラが、もっとも考えたくない。
聞きたくもない、目の前にあってほしくない現実だった。
サイラ「最近、じーちゃんからの連絡がない…
こちらから連絡する手段がないのがなぁ…
女の姿って楽だけど、声をかけられるのがめんどくさいし…
あぁ、最近愚痴が増えてきたような…」
世界中を走り回った。色んな人に聞きまわった。
危険な目にあったのは一度や二度ではない。
女性としての武器を使ったのも…
少しでも可能性があれば、嘘だとわかっていても、ただの噂だとわかっていても飛び込んだ。
しかし、ことごとく全て外れ、手がかりもほとんどなく、旅の仲間もいない。
サイラ「(イノ…グノ…)」
二人は無事だろうか…
早く…、早く見つけないと…
限界だった。本人が思うよりも、ずっとずっと。
サイラ「(もう…だめなの…かなぁ…)」
涙が溢れ、諦めが努力を包み込み、押しつぶしてしまおうとした瞬間。
ヘルト「ふわぁ~…」
そこに、居る。居てしまう。
サイラ「(そういえば…人の命を他人に移す禁呪があるって…)」
どんな形でも、現れてしまう。
ヘルト「なんで今日はこんなに眠いのに寝付けないかね…だるぅ…」
サイラ「(あんな気だるい生き方してる人…居なくなっても…)」
たとえ本人達が望まなかったとしても。
ヘルト「つっても外に出たってこの町は屋台とかないからなぁ…帰ろ…」
一筋の光として、差し込んでくる。
サイラ「二人のためなんだ…ごめんね」
ヘルト「んぁ?」
勇者ってやつは。
──────────────────────────────────To Be Continued.
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